No.114 「西田ゼミナールとは?」

千葉大学西田ゼミナール最後のゼミ長・中村円香が綴った西田ゼミ紹介の文章が、全国家庭科教育協会の機関誌に掲載されたので、紹介する。

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人としての「当たり前」を実践する
―千葉大学西田ゼミナール―
千葉大学法経学部法学科4年 中村円香

≪はじめに≫
私は千葉大学法経学部教員・西田弘次先生の指導下にある西田ゼミナールに、
2006年4月からゼミを閉じた2008年3月まで所属した。
たった2年間という短い時間ではあったが、喜び、葛藤、不満、楽しさ…
一人ひとりに多くの「想い」を抱かせた場であったと感じている。
ゼミ生として2年間を過ごした一学生の視点から、西田ゼミを紹介したい。

≪西田ゼミナールとは?≫
西田ゼミナールはコミュニケーションの実践を基本に据える「自主ゼミ」である。
単位にならないと知りながらも、西田弘次先生の魅力やゼミの活動内容などに惹かれて、
1~4年までの約20人の学生が参加。
西田先生指導の下、「人に親しみ、人に親しまれる人間」を目指して
「当たり前のことを当たり前に行う」ことに細心の注意を払いながら、
自分も相手も気持ち良い人間関係を築き上げることを目的として活動してきた。

≪西田ゼミナールの活動≫
西田ゼミの活動は、週に一度の「ミーティング」と様々なボランティア活動などに代表される
「プロジェクト」の二つに大分される。

◆ミーティング
ミーティングは毎週一度授業終了後に行われ、後述する各プロジェクトの報告や
ゼミ生としての基本的な心得の確認、「西田ゼミ」という組織をまとめるための決定などを行った。
毎週持ち回りでゼミ生の一人が司会(議長)を務める。
司会は前もってゼミ生から議題を募集して、それぞれの発表にかかる時間を提示させる。
そしてミーティングでは、タイマーを使って時間内での発表を目指す。
これらを通じて、人にわかりやすい簡潔な話し方や発表の仕方、
会議などにおける時間管理のスキルなど「話す側」の技術を実践した。
また話す側の意識以上に「聞く」側の姿勢が、西田ゼミにおいては重視された。
話し手からどれだけ良い話を引き出せるかは、聞き手のスキルによる。
自分の意見を言う時はもちろん、聞いている時にも姿勢、相槌、視線…
そのような小さな動作一つひとつを意識し、相手が話しやすい環境を作ることを心がけた。
このように書くと時間を守った固い会議のようだが、実際のミーティングでは
それぞれが自分の意見をぶつけ合うことで、話し合いが延びることもしばしばあった。
形はスキルとして重要である。だが会議のような公式の場において、自分の意見を述べ、
相手の意見を受け入れるという「言葉のキャッチボール」をきちんとすることが最優先とされた。

◆プロジェクト
コミュニケーションの実践として、私たちは様々なボランティア活動や企画を実践してきた。
ミーティングが全員参加なのに対して、プロジェクトは個人の興味とやる気が重視されており、
原則自由参加。ただし参加すると決めた場合は、外部の方との関係もあるため、
通常に増して基本が重要視された。
プロジェクトには知的障害者の自立支援、子どもの異文化交流のお手伝いや
OBOGなどを招いた交流会など様々な種類があり、フィールドは大学内から世界まで、
また対象も子どもからお年寄りまでと、多種多様であった。
その中から私が参加した2つのプロジェクトを紹介したい。

◆プロジェクト例①:キッチン虹
地域の一人暮らしのお年寄りに手作りのお弁当を届ける「キッチン虹」という団体の
お手伝いを行った。自分の母親世代の方が作ったお弁当をもって、一緒に車に乗り、
祖父母世代の方々のお宅を一軒一軒訪問してお弁当を手渡しするという活動で、
普段の大学生活ではあまりお話する機会のない方々と話す機会に恵まれた。
またお弁当を渡すというごく短時間の中で、どれだけ相手に気持ちよく思いを伝えるかを考えることで、
「挨拶」の大切さや「笑顔」の力を再発見することができた。

◆プロジェクト例②:留学生支援
千葉大学にはチューターという制度がある。
これは新入留学生1人につき基本的に一人の日本人学生が付き、
勉強・生活両面をサポートするというシステムである。
そして、そのチューターのとりまとめをゼミ生が行った。
留学生という違う文化背景を持つ人にどう接するか、言葉の壁や相手の不安をどうすれば取り除けるのか
という課題を考えながら、チューターへのサポートとチューター活動の両方を行ってきた。
また大学祭では、留学生屋台を実施。留学生が自国の料理を大学祭で販売するのを手伝うことで、
留学生が大学生活を楽しむこと、自分の文化を紹介するきっかけを作った。
大学祭の実行委員との細かな打ち合わせを行うと同時に、当日は共に声を掛け合って
それぞれ自慢の料理を販売した。

≪西田ゼミの要≫
西田ゼミでは「気持ちの良い挨拶」をすることと、「二つの謝―感謝・謝罪」を
きちんと伝えることが大切とされた。
人がコミュニケーションをとるためには、自分の想いを言葉や動作にして伝える必要がある。
その中でも「挨拶」はコミュニケーションの最初の一歩であり、その人の最初の印象を決める
要であると言える。そのため、ゼミではどんな場面でも、どんな相手にでも、自分がどんな精神状態でも、
気持ちの良い挨拶をできるように、お互いがお互いのことを観察し、指摘し合うように指導された。
また「二つの謝」をきちんと「示す」ことの大切さを再認識するように、このゼミで教え込まれた。
自分が思っていても、言葉や態度に表わさなければ人には伝わらない。
この人として当たり前の行動が、普段の生活ではつい忘れたり、言いそびれたりしてしまいがちである。
しかし人に本当に信頼される人間としてこの二つができることがどれだけ大切かを、
プロジェクト活動などを通して私は肌で感じてきた。
これらの実践は、簡単に見えて実際とても難しい。
気恥ずかしさが先に立ち声が出ないことや、伝え損ねることも多々あった。
そんな時、西田先生から言われたのが、「最初は滑稽でいい」という言葉だ。
気持ちの良い挨拶をしている人の真似をして、とにかく声を出してみる。
最初は声が裏返ってしまうなど、うまくできない。それでも、繰り返し試しているうちに
自然にお礼を言えるようになったり、気持ちの良い挨拶が自分の中で当たり前になってくる。
慣れていき、徐々に板についてくるのだ。
この「最初は滑稽でいい」という言葉は、様々な場面で一歩踏み出す時や、慣れないことをやる時に
私を大きく後押ししてくれた。
二つの基本と、それを後押しする環境。それが西田ゼミの要だと私は感じている。

≪あとがき≫
ゼミ生の間でたびたび話題に上がり、答えの出なかった一つの疑問。
それは「このゼミは一体何なのか」だった。
解釈も、得たものも、想いもすべて共通しないこのゼミを「これだ」と語れるゼミ生は、
私が知る限り誰もいない。そのため共通の目的や方向性を見つけることができず、
「私はここで何をしているのだろう」という不安を抱いたことも一度や二度ではなかった。
それでもゼミが幕を閉じ、半年が経った今、私は目に見えない成長を強く感じている。
挨拶、感謝、約束を守ること…西田ゼミで口を酸っぱく言われたことは、すべて基本的で、
一見「スキル」に見える。しかしそれぞれの必要性、意味、表し方…そういったものを考える行程は
「私」という人間の根本を見つめ直し、ありたい自分を見つけ出す作業だった。
そしてそれを実践することは、自分のなりたい姿や目標に向かって、前進することだった。
もう一つこのゼミで得たのは、仲間との絆だった。
考えても答えのないような疑問を共に話し、悩み、ぶつけあった仲間達は、
不思議なほど大切な存在に変わっていた。
「この人になら何かを頼んでも、困った時に相談しても、大事なものを任せても大丈夫。」
本気でぶつかり、泣き、怒り、そして笑い合った仲だからこそ、そのような信頼を抱くことが
できるようになったと思う。

「人に親しみ、親しまれる人間」を目指した西田ゼミナール。
そこは、基本の実践を通して、悩みと向き合い、想いを発する場。
行動してみることを通じて、人間としての基本的な「当たり前を当たり前としてできるようになる」場。
そして、その上で少しずつ「自分らしさ」と「なりたい姿」を体現させる場であったと、私は感じている。それが、私にとっての「西田ゼミナール」だった。

2009年2月
#114 西田ゼミナールとは?
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