2014年7月24日「父逝く16」

病状は日に日に悪くなっていった。
次々に投与される薬。体に繋がれるチューブも増えていく。

新たな処置に入る度に求められる同意書。
一通りの説明はなされるものの、専門用語に綴られた文章を
理解する知識は持ち得ていない。
姪が、処置方法について適宜質問してくれることが救いだった。

6月に入ると、会話ができない状況となった。
この状況に、母、姉、私は、父を楽にさせてあげたいと
思う気持ちが強まっていった。

私は、家族の中で誰よりも早く覚悟を決めていたように思う。
「母さんを頼む。」という父の言葉を受けた後から、
自分でも不思議なくらいに冷静だった。

「今、俺は母さんに何ができるのか。」
自問自答し続けた。
しかし、こんなとき本当に息子は役に立たない。
できることは、月並みの言葉がけと、病院への送迎程度だ。

幸い、入院直後から福岡在住の姉が駆けつけてくれ
常に母と行動を共にしてくれた。
こんなとき、息子に比べて娘は本当に役に立つと思った。

姉がいてくれることを心から感謝した。