2014年7月23日「父逝く15」

入院後10日間ほどは、一進一退だった。
疲れは見えるものの、会話も普段通り交わすことができた。

しかし、背骨の圧迫骨折の改善が見られないということで、
身体を起こすことを禁じられてから、一気に病状は悪化していった。
トイレにも行けず、おむつを履かせられた。

抗がん剤治療を進めたいものの、腎臓への負担を考慮せざるを得ず
様子を見ながら、綱渡り状態の治療が進められた。

その後、肺炎を併発。
見ているのが辛くなるほど呼吸困難となっていった。

そんな中、 父と二人きりになったとき
力を振り絞って私に伝えた言葉がある。

「自分の病気のことで周りに迷惑をかけないようにしてくれ。」
「それぞれの生活をくれぐれも優先させるように。」
「母さんのことをよろしく頼む。」 

「父さん、わかったよ。大丈夫だから安心して。
人のことばかり心配せずに、自分のことを考えるんだよ。」

「弘次。情けなか。
この痛みから解放されたい。この苦しみから逃れたい。
しかし、死の恐怖も感じる。自分のことばっかりたい。」

返す言葉に詰まった。